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三雲クリニック

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1/21(月) 大寒から一夜明けたが曇りゆえ放射冷却は緩い。信楽でも零下になるかならんかの境界線

日々のあれこれ2018年12月23日
#99) 事故から6週間 今日は冬至

 前回の記事は事故2週間後の様子を書きました。今日は6週間後です。その間の治り具合を記しておきたいと思います。

 

 3週間後、ボルタレン坐薬を1日1回~2回使うが、何とか胸を反らすことが出来るようになった。つまり、仰向けに平たく寝ることが出来始めた。これで歯科や散髪のリクライニングにも耐えられるだろうと思った。12月13日(33日後)には、伸び放題だった髪を切ってもらうことができた。正月を迎えられる。

 

 22日後、バストバンドを外してみた。終日 外していても何とか行ける。

 23日後、胸のロキソニン・テープを止めてみる。なんとかなりそう。一方、左右とも手首の痛みが強くなってきたので、毎日のロキソニン・テープが欠かせない。右手の甲は、事故直後から、全体どころか指の第1関節まで紫色に腫れあがり、痛みも強かった。写真のように、紫色は1週後にはほぼ消えていたが、手首の変色は3週間後くらいまで続いた。

 左手の甲には殆ど皮下出血斑は無く、当初は痛みも感じなかった。ところが2週間後あたりから手首、とくに親指の付け根がひどく痛み出した。

 

 4週間後、ボルタレン坐薬無しに過ごせるようになった。放屁のときに「油漏れ」を気にせずともよくなった。事故後はじめて温泉に浸かって湯治を試みた。胸骨の方は気持ち良かったけれど、手首は1回浸けたくらいで治るほどのものじゃなし…

 

 30日後、たいして食べていないのにしゃっくりが頻発。しゃっくりは横隔膜の痙攣だから、事故でみぞおち辺りを強打したので、横隔膜にも何らかの傷害が加わり、少しの刺激に対しても過敏になっているものと思われる。しゃっくりは胸の痛みにも響くので何とかならないか、と思うけれど横になって休む以外に手は無い。つらい。

 咳はなんとか耐えられる程度の痛みになった。おかげで痰が出せる。むやみに咳止めを使うと、気管内部の痰を出すことが出来ずに肺炎を起こし易くなる。咳は生理的に必要な反射運動なので、これが出来るようになって肺炎の心配からも離脱できるはず。

 

 12月14日(金)午前1:45-2:15 クリニックの外灯を消して、天頂付近を視野の中心に据えて「ふたご座流星群」を観察した。30分間、そっくりかえって天を仰いで7個の流れ星を観察できた。方向はランダムだった。この時間帯は、ほぼ天頂付近に放射点があったので視野の定め方は良かったものと思う。胸の反り返りに30分間 耐えられた。しかし、老眼が進んでおり、「30分で7個」というのは かなりの見逃しがあったのかも…

 

 12月15日、5週間が過ぎた。バスの吊り革を持つことはできるが、揺れたときに手首をひねったりすると辛く痛い。18ℓ入りの灯油缶をまっすぐ持ち上げることはできるが、手首をひねったりするのは無理。

 そろそろ車を冬用タイヤに履き替える時期だとは思うが、タイヤを持ち上げたり、スパナを回したりする動作がキツイと思うので躊躇する。

 

 そして、今日、6週間が過ぎた。日常の動作のうち、手洗いは胸の痛みが無くなった。くしゃみもそこそこ耐えられるようになった。

 胸の痛みが消えてゆく反面、手首の痛みは殆ど治りゆく気配が感じられない。例えば、左手でラーメン鉢を持つことが出来ない。底に4本の指をかけ、親指を鉢の縁に掛けるという普通の動作だが、親指の付け根が激しく痛む。空っぽの鉢でさえキツイので、中身の入った鉢は猶更だ。

 右手も未だペットボトルを開けるのが厳しい。灯油缶のキャップの開閉もキツイ。裁縫針のような細いものを持って力を入れることも辛い。左手と同様に、親指の付け根(手首の関節;CM関節という)がギクッと痛い。厚手のタオルや雑巾を絞るのもなお痛い。

 重いカバンなどをまっすぐに持ち上げることはできるが、重いものを持って手首を返したり、ひねったりという動作は厳しい。

 

 

 手首の骨は、「手根骨(しゅこんこつ)」と総称される8個の小骨が、中手骨(ちゅうしゅこつ)とともに複雑な関節を形成しており、交通事故の後遺障害として問題になることが多いらしい。ネット検索すれば弁護士事務所が様々なウェブ情報を提示している。それらの一つ、「むくの木綜合法律事務所」が手根や手指の障害について詳しく述べている。

 要点をまとめると、以下のようだと思われる。1)手首の障害は事故から遅れて出現することが多い。

2)通常のレントゲンでは診断が困難であり、CTを用いても診断の難しい事例が少なくない。3)手首の骨は意外と循環が悪く、事故傷害によって更に循環が悪くなる。循環障害の有無はMRIを撮らないと判らない。4)正しい診断と治療をしたとしても治癒に至るまでに半年や1年といった長期間が必要である。

 

 私の場合もまさしくその通りで、左手なんぞは事故から2週間たつまで痛みも腫れも無かったのに、6週間経過したいまも痛みが軽減しない。

 でも、右手は当初に比べると幾分マシになりつつある。左手も「日にち薬」だろうと思って気長に湯治しようと思っている。

 

 衝突の瞬間は全く憶えていないが、現場検分の警察官から聞いたところによると、私は右側の車線から大きく左にハンドルを切って、左側車線の左端あたりで相手に衝突したらしい。ちゃんとブレーキも踏んでいたようで、パニックに陥ってノーブレーキで突っ込んだわけではなさそうである。

車はお釈迦で犠牲になってくれた。そのおかげで私は命拾いした。満70、古希を目前にして生き返った、よみがえったと思い、感謝と今後の覚悟を新たにしている。