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三雲クリニック

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日々のあれこれ2018年08月15日
#91) 五山の送り火 寂しくて

 はや8月も半ばとなってしまいました。庭の中心を為すナンキンハゼの大木があります。夏は豊かな緑蔭を作ってくれ、無数の空蝉(うつせみ)が驚くほどの高い枝にも留まっています。ハート型の葉っぱが、ほんの少しの風で軸(葉柄)を中心にひらひらと手を振るごとく揺れるので、余計に涼しく感じられます。他の樹種では見られない有様です。

 お盆の季節ですが、ナンキンハゼに絡みつくノウゼンカズラが漸く2輪を咲かせました。よその庭の陽当たりのよい場所なら7月初めには満開となっているものですが、この医院の庭ではナンキンハゼの緑蔭が余りに濃いので開花が遅れに遅れたようです。

 

 今年は狂ったような酷暑でしたが、立秋も過ぎて、さすがにこのところ夜遅くに原付カブで走ると、冷たい空気の塊を突き抜けるのを実感するようになりました。

 

 さて、8月16日の夜は京都・五山の送り火です。少年時代に母がたの祖父母が、阪急電車に乗って送り火を見せに連れてってくれたものです。でも、私にいちばん寂しさ(もののあわれ?)を感じさせてくれたのが、大文字の最後のひと火が消えたそのせつなでした。

 なぜなら、長い夏休みを毎日毎日、昆虫採集(ハチ類専門、ときにセミも)や、裏の小川でのじゃこ(雑魚)採り(ほとんどハヤ)に明け暮れていたからです。大文字の火床の最後のひとかけの火がふっと消えた瞬間、「ああ宿題なんにもやってないわ」、「感想文なんて大嫌い。読書は大好きやけど。なんで先生に僕個人の感想を知らせなあかんねん!」と嫌な現実を思い出させるのが毎年恒例でした。そして送り火が先祖の精霊を送る灯明であるなんてことは知らなかったけれど、「送り火とともに盛夏は終わったのだ」、という寂寥感だけが少年の心につのったのです。

 

 長じてのちは送り火を見に行くことが殆ど無かったのですが、両親とも亡くしたいまの歳まわりになると、自然と精霊送りの念を抱くことが多くなりました。とくに、去る「盆の迎え火」の日の夜更けに、ふと鏡を見て我が老け顔に亡父の顔貌(かおかたち)が重なり、あらまあと驚いたものです。合掌