診療(診察・治療)2019年12月30日
#109) 自身が患者ならではの糖尿病治療

 なかなか更新できませんでしたが、年末ぎりぎりで尻に火が付きました。この1回分で完璧を目指すことをあきらめ、先ずは一番大切なことに絞って書きます。糖尿病は複雑な病気ですから、書き残した部分は来年に繰り返し登場させます。

 

 糖尿病治療の究極目標は、様々な合併症(その大部分は血管障害によります)を防止すること、あるいは合併症の進行を食い止めること、にあります。この考え方は糖尿病専門医も掲げているのですが、しばしば専門医が血糖値やHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)値のコントロールにこだわって、糖尿病治療の本質を忘れがちな場合を見受けます。

 

 そのような間違いをおかす根本原因は糖尿病の分類にあると考えます。かつてはインスリン依存型(若年で発症する、膵臓のインスリン分泌能力が無くなった病型)と非依存型(中年以降に発症し、インスリン分泌能力が残存する病型)に分けられていました。現在は1型と2型に分けられています。1型はかつてのインスリン依存型と同じ意味と思ってください。一方、2型の中には「インスリン抵抗性」と「インスリン欠乏性」という全く別の病態が含まれるのに拘わらず、両者を区別せず、ただ血糖コントロールしか眼中に無い医者も患者も多いのです。これが根本的な間違いです。

 

 インスリン抵抗性とは、糖質の摂り過ぎによって膵臓が刺激され過剰なインスリン分泌が続いている状態です。インスリン過剰状態なのに血糖値が高いのは、インスリンの作用効率が低下しているからです。「抵抗性」というのはインスリンが効きにくくなっていることを意味します。このときに忘れられがちなことは、インスリンの体重増加作用は衰えていないこと、それ故に肥満という病態をもたらすこと、です。

 こんな状態の患者にインスリン分泌を更に刺激するSU(スルホニルウレア)剤などを投与すれば益々の高インスリン血症をもたらし、インスリンの肥満促進作用が更に増強されることになります。インスリン抵抗性の患者は高インスリン血症の状態にあります。これを治療する根本は糖質制限ですが、それに反対する専門医が多いという不合理が我国ではまかり通っています。

 

 近年ではSGLT2阻害剤が登場し、過剰な血糖を尿中に放り出すことができます。この薬は膵臓を休めさせてくれ、血糖も体重もコントロールできる有力な治療手段です。しかも、この薬は低血糖を起こしません。血糖値が90 mg/dLくらいになると効果が弱まるからです。これは生化学的に証明されている事実です。推測ではありません。実際に投与された、世界中の多数の患者さんに於いても低血糖が起こらないことが確認されています。

 

 高血糖やSU剤などによって膵臓のインスリン分泌を刺激し続けると、やがて膵臓は疲弊しインスリン分泌能力が落ちてきます。人種的に日本人の膵臓は疲れ易いと言われています。つまり、遺伝的な体質と申せましょう。ここが大事なポイントです‼

 

 インスリン欠乏になると、食べても血糖が上がるばかりで、体重は減少するという、いわば1型と同じ病態に陥ります。インスリンは血糖を下げるだけでなく、体重を増やす「成長(同化)ホルモン」でもあるのです。食べても食べても痩せていくのは、血液中にブドウ糖が有り余っているのに、インスリン不足のせいでブドウ糖を細胞内に取り込めず、栄養素を利用できないからです。私が糖尿病を発症したとき、まさしく「食べても痩せる」状態でした。インスリン分泌能力はゼロでしたから、インスリン注射を直ちに始めました。その後は「血糖コントロールか/体重コントロールか」の二律背反に悩みながら四半世紀を過ごしてきたのですが、SGLT2阻害剤の登場によって両者併立を実現することが可能になりました。

 

 高インスリン血症の患者に更に血中インスリン濃度を高めさせるような治療は止めるべきだという見解(新井圭輔『インスリンに頼るのをやめなさい』)は正しいと思います。糖質制限やSGLT2阻害剤でもって余分なブドウ糖を排除し、膵臓を休ませてあげるのが第一義です。

 しかし、「インスリンは毒だから2型患者にはインスリンを使うべきではない」という主張は間違いを含んでいます。インスリンが欠乏している患者までを十把一絡げに2型として扱うのは大間違いです。インスリンが欠乏して痩せている患者にはインスリン補充が最も合理的です。

 現在、三雲クリニックでは1日1回あるいは2日に1回で済む長時間作用型インスリン製剤トレシーバ®(ノボ ノルディスク ファーマ社;本社はデンマーク)を活用しています。私自身が実験した結果に基づいて患者さんにも応用しているのです。トレシーバは1回注射すると、その効果は約40時間に及びます。しかも、作用のピークが無いので、過量投与さえしなければ低血糖を起こしません。人体には「基礎インスリン分泌」という生理的現象がありますが、トレシーバはそれに近い状態を再現してくれるのです。現在、ノボ社では週に1回の注射で済む製剤を開発中だそうです。早く実現するといいですね。

 今回の要約: インスリン過剰の患者には糖質制限食(従来のカロリー制限ではなく)、または、ブドウ糖を排出させるSGLT2阻害薬が理に適っています。インスリン欠乏患者には長時間作用型のトレシーバで基礎インスリン分泌を模倣・再現するのが最適でしょう。