ざつがく 雑学2019年07月28日
#106) 個々人の体質に応じた適量の良質な塩を摂りましょう

今回もまた更新にひと月かかった。背景事情は好転しない。書きたいことは山ほどあるが、なかなかに時間と体力が不足している。二十四節気の「大暑」も過ぎて、梅雨が明けたと思ったら早くも日本近海で台風が発生し、猛烈な湿気がもたらされた。熱中症の急増が危惧される。

 

 さて、前号の続きです。高血圧を懸念して万人に塩分制限を押し付けるのは大間違いであることを述べました。しかし、誤解の無いように申しますが、万人に塩分摂取を勧めるのも間違いです。心不全の人には塩分制限が必要です。塩分の排出能力または保持能力には個人差があるので、個人の体質に応じて適正量の塩分を摂るべきだというのが今回の主題です。

 高血圧と塩分接種には直接の因果関係は無い,というのが青木久三先生の提唱された真理です。塩分制限すれば血圧が下がる人も居るが、下がらない人の方が多い、と明示されました。

 

 ただし、レニン・アンジオテンシン系を阻害するACE阻害薬やARBを服用すると事情は異なってきます。これら薬剤を服用すると、正常血圧の維持に塩が必須であることが浮き彫りになります。言い換えれば、これら薬剤を飲んだ上で塩分制限をすると正常レベル以下まで血圧が下がること(低血圧)が多くなります。つまり、レニン・アンジオテンシン系は体内の塩分保持に重要な役割を果たしていることが分かります。

 

 レニン・アンジオテンシン系阻害薬を服んでいなくとも、塩分を失いやすい体質の人が居ます。「アルドステロンというホルモンが不足ぎみの人」と言い換えることができます。私自身もそういう体質だと思います。こういう人を塩類喪失型 (salt-loser ソルト・ルーザー) と私は呼んでいます。アルドステロンは Na(ナトリウム)を体内に引き留め、K(カリウム)の排泄を促す作用があります。アルドステロンが過剰で高血圧になるのが「原発性アルドステロン症」という病気です。

 

 「偽性アルドステロン症」と言われる病態もあります。昔、高血圧学会で「仁丹高血圧症」の報告を聞きました。毎日大量の仁丹を服用している人が高血圧になったというのです。仁丹には甘草(カンゾウ)という漢方薬成分が含まれており、甘草の主成分であるグリチルリチンがアルドステロンに似た作用を示すのです。甘草は多種多様な漢方処方(例えば抑肝散)に含まれていて、Na貯留と低K血症を引き起こすことが少なくありません。

 

 さて、アルドステロン不足ぎみの人、つまり、「低アルドステロン症」と言ってもよい、塩類喪失型の人は、体内の塩(主にNa)が不足しがちです。塩不足の症状は極めて多彩です、低血圧、全身がだるい、脱力感、元気・活気がない、朝起きられない、立ちくらみ(起立性低血圧)、など。重症では悪心、嘔吐、めまい、意識低下、失神・転倒、死亡に到ることもあります。村上譲顕著『日本人には塩が足りない』によると、「体が冷える」、「ひどいもの忘れ」も塩不足の症状とされています。

 上記のような症状の数々は「不定愁訴」として片づけられがちです。これらの原因を塩不足に求める医者は極めて少数派で、ふつうは「異常なし」として見逃されることが多いと思います。

 

 現在、随時に採った尿の一部を用いて「1日総食塩摂取量」を推算することが可能です。国は1日当たり食塩摂取量10 g以下を推奨していますが、この基準値には明確な根拠はありません。日本人の平均値は約12 g/日だそうですが、この程度の塩を摂っていても、低アルドステロン症つまり「塩類喪失型体質」の人では「相対的な塩不足」を来すことがあります。

 尿中 Na 排泄量から推定した「1日総食塩摂取量」が 10~12 g を示していたとしても、それは「見かけの摂取量」であって、それだけ多量の塩が尿中に排泄されてしまっていることを示している可能性もあります。つまり、本来は体内に留めておくべき塩(Na)を ―アルドステロンが不足しているせいで― 尿中に排泄してしまっている可能性もあるのです。

 こういう人に減塩を強いるのは犯罪的な医療過誤です。むしろ、食塩摂取を積極的に勧めるべきです。その際に「精製塩」はダメです。精製塩は海水を電気分解して作った純粋な塩化ナトリウムであり、身体には不適切です。塩を補うならカリウム、カルシウム、マグネシウムなど天然の海水ミネラルをバランスよく含む「自然海塩」(村上・著)、なかでも釜炊きしない低温蒸発海塩(ダニエラ・シガ・著『カラダとココロが喜ぶ 塩選び&ごちそう塩レシピ』)がベストだそうです。

 

 塩は決して毒ではありません。昔の人は塩が必需品だと知っていました。信州など海に接していない地域では、日本海側の糸魚川から「塩の道」を通じて塩が運ばれていました。その終着点が「塩尻」という地名になっています。若狭から京都までの「鯖街道」は塩サバを運ぶだけではなく「塩の道」でもあったようです。

 

 熱中症は水分だけでなく塩分も不足していることが多いのです。しかし、スポーツドリンクの塩分は低く、1ℓあたり約1gしか含んでいません。ヒトの体液よりも圧倒的に薄い、いわば「水割り・水増し」なのです。経口補水液「オーエスワン」でも1ℓあたり約3gしか食塩を含んでいません。ヒトの体液の浸透圧に近似させたのが「生理的食塩水」ですが、これは水1ℓあたり食塩9gを含んでいます。私はスポーツドリンク1ℓあたり食塩2gを加えて、均一に溶解させて補給することを推奨しています。