ざつがく 雑学2019年06月27日
#105) 誰にでも減塩を押し付けるのは大間違い

 故・青木久三先生の著書『逆転の健康読本―その常識は危ない!!』と村上譲顕『日本人には塩が足りない』。写真は同書のカバー写真より、名古屋市立大学医学部・内科学・助教授時代の青木先生。

 

 前回(#104)のブログ更新が4月27日と表示されているので、それから2か月以上が経ってしまったことになる。しかし、4月27日はタイトルと下書きを更新した日付であって、実際の更新日は踏切事故の命日である5月2日でした。  ゆえに、5月に1回更新したきりで、6月も末になって漸く更新できるという状況は改善されていない。いろいろと片づけねばならない課題が山積しており、どうしてもブログは後回しになってしまう。平にご容赦のほどを。

 

 今回のブログは、国を挙げての減塩キャンペーンに異を唱え、減塩「信仰」が間違いであることを説きたい。とくに、減塩で体調を崩している人々には適正な量、適正な質の塩を摂ってもらい元気を回復してもらいたいと願って書きます。

 

 こんにち、「高血圧=塩」という「信仰」「神話」が蔓延している。高血圧症と診断されるや、医者から減塩を迫られる。高血圧にならないために塩を控えるというのが常識になっている。

 「高血圧=塩」という説(学説、仮説)が間違いであることを最初に唱えたのが故・青木久三先生(元・名古屋市立大学・内科学教授)だったと思う。青木先生といえば、京大医学部・病理学教室に在職された頃に「自然発症高血圧ラットSHR」という、遺伝的に高血圧を発症するネズミを世界で初めて開発された研究者です。

 

 青木先生の著書『逆転の健康読本―その常識は危ない!!』(PHP, 1986)の第2章「減塩なしでも血圧は下がる」で「高血圧=塩」説の間違いを証明しておられる。高血圧症患者に1日5gという厳しい減塩食を実施しても、それにより血圧が下がったのは10人に1人いるかいないかという結果だった、というのです。

 青木先生によれば、高血圧が遺伝によって受け継がれる「本態性高血圧」が高血圧症患者の9割を占めるが、このタイプでは減塩しても血圧は下がらない。特定の原因による二次性高血圧においても「高血圧=塩」の関係は成立しない。減塩すると血圧が下がる、「食塩感受性」高血圧患者は100人に1~2人ぐらいしかいない、とされている。

 

 私が昔読んだ論文では、ヒトは2群に分類できる。1)減塩すると血圧の下がる群(食塩感受性群)、2)減塩しても血圧の下がらない群(食塩非感受性群)である。私の経験では、これら2群以外に、減塩すると血圧が跳ね上がるヒトが少数ながら居る。

 

 その稀な例とは、私が若い頃に担当した19歳男性で、腎不全のため血液透析しなければならなかった。腎不全ではあるが、全身浮腫などは全く無く、ガリガリに痩せていた。普段から高血圧の治療に難渋していた(当時は薬の選択肢が殆ど無かった)のだが、ある日、透析で血液中の塩を引いたところ、帰宅途中で緊急電話してきて「しんどい!!!」と一言。すぐに病院へ戻ってもらったが、血圧計が降り切れるほどの高血圧だった。

 

 この患者さんは普段からレニンという酵素が血液中に過剰に分泌されていた。腎臓の尿を作る機能はほぼゼロになっていても、レニンを分泌する能力だけは過剰に残存していた。透析で塩を抜いた結果、レニン分泌が過剰に反応し、その結果アンジオテンシンIIが過剰に産生されて激烈な高血圧をもたらしたのだろう。現在ならアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が利用できるので、速やかに血圧を下げて危険な状態から脱出できるのだが、残念ながら当時は有効な薬が存在せず、患者さんは広範な脳出血を起こして亡くなられた。「減塩したらあかん!」ヒトも居るのである。

 

 青木先生によると、減塩により高血圧が改善できる患者は高血圧全体の1~2%に過ぎない。しかし、ACE阻害剤やARBを使っている患者では随分事情は違ってくる。私は、高血圧治療の根幹にACE阻害剤とARBを据えている。これらを用いると正常血圧になるのだが、その「正常」血圧を維持する上で塩の役割が高まるのである。ACE阻害剤やARBを飲んでいる患者さんが減塩すると血圧が下がり過ぎることがあるのです。

 

 「血圧が下がり過ぎるんだったら薬を減らせばいいじゃないか!?」と思うでしょう。それは当然の考え方です。しかし、私は血圧を下げるためだけに薬を用いているわけではないのです。ACE阻害剤もARBも、動脈硬化の進行を食い止め脳梗塞・心筋梗塞を予防すること、を目的として飲んでもらっているのです。

 

 ならばどうするか? 患者さんが減塩しておられるなら、減塩を止めるように言います。普通に塩を摂っている患者さんであれば、みそ汁1杯を足してもらいます。約2gの塩が補えて低血圧が治ります。

 

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