診療(診察・治療)2020年07月26日
#116) 厚労省が新型コロナ治療薬デキサメタゾンを承認

前回話題にしたデキサメタゾンが新型コロナの治療薬として迅速承認された

  皆さん既にご存知かもしれませんが、去る 7/17日付で厚労省はステロイド剤のひとつであるデキサメタゾンを新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として承認し、同省が公開している『新型コロナウイルス感染症 COVID-19 診療の手引き  第2.2 版』に掲載しました。

 

  国内で公式に認められた新型コロナ治療薬としては、5月7日に特例承認されたレムデシビル(商品名:ベクルリー®点滴静注液)に次ぐ2番目になります。国はずいぶん早く認可したようですが、その背景には英国オクスフォード大学を中心としたランダム化対照比較臨床試験 "RECOVERY" で科学的に有効性・安全性が確かめられたことが大きく利いていると思います。 日本国内の治験はいまだにもたもたしていますが...

 

  しかし、厚労省のホンネは医療費削減にあるのでは?と推察します。なぜならレムデシビルは米国ギリアド社が患者一人あたりの薬剤費用を25万円と決めており(日経新聞 2020/6/30)、これを全額公費負担するわけですから、総額でいうと非常に高くつくのです。更に、レムデシビルは、1)世界的な需給バランスの観点から供給量も制限されていること、2)そのために、国内では重症者に限定して使用することになっており、本来は感染初期に投与すべき薬剤だと考えられるにもかかわらず、それが実行できないこと、3)5日間連続で点滴する必要があり、飲み薬やワンショット注射に比べて手間が掛かること、などが障壁になっていると考えられます。

  こんなこともあって、その導入以降、レムデシビルが劇的な効果を上げているとの報告は無いように思います。

 

デキサメタゾンは既存の薬だから新規承認は不要だし、薬価も安い

  デキサメタゾンは、デカドロン®(米国メルク社)という商品名で 1959年11月に国内販売が開始された、すごく古くからあるステロイド剤です。ゆえに、有効性・安全性に関する情報は豊富で、今回の承認(いわば適応拡大)に際しても英国オクスフォード大学のお墨付きがあることも加わって、速やかに承認されたものと思います。私が10歳のときに発売された薬ですから、約60年の販売実績を経てメルク社はデカドロンの製造販売の権利を売却し、現在はアスペンジャパンや日医工が製造販売しています。薬価は、デカドロン注射液 6.6mg/2mL/1バイアル が @299円、デカドロン錠 4mg錠 が @31.9円、0.5mg錠が @5.7円(おくすり110番 薬価サーチ)となっています。

 

  デカドロンⓇという商品名を持たない、いわゆるジェネリック製品は無数にあります。その多くは皮膚の外用薬(塗り薬)ですが、少数ながら注射薬や内服薬もあります。これらジェネリック製品を使えば上記よりも半額くらいになるはずです。

  オクスフォード大学が用いたのはデキサメタゾン注射または内服で1日量 6mg×10日間ですから、仮にデカドロン注射だと 2,990円、デカドロン内服だと 478.5円 で済みます。

 

  一方、「レムデシビル100mg注射液」の単価は 390 USドル で、これを6本/5日間 投与するので、上述のとおり、患者一人あたりの薬剤費は 25万円 と決められているのです。国がデキサメタゾンを素早く承認したのも分かりますね。

 

デキサメタゾンはドラッグ・デザインの優等生

  デキサメタゾンは、60年以上前に開発された合成ステロイド薬ではありますが、今日でもその優秀さは色あせていません。

  何が優れているかと言えば、その作用選択性と作用持続性でしょう。副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドホルモンであるコルチゾンは、いわばストレス反応ホルモンであり、アドレナリンと伴に血糖を上げたり(糖質コルチコイド作用)、血圧を上げたり(ミネラルコルチコイド作用)してストレスに対抗します。このような生理的作用とは別に、免疫抑制作用・抗炎症作用といった薬理学的作用を持っています。

 

  いま新型コロナ肺炎の重症化阻止に有効なデキサメタゾンの作用は、この免疫抑制作用・抗炎症作用であると考えられます。この免疫抑制・抗炎症の目的で用いるときには、血糖を上げる糖質コルチコイド作用も、血圧を上げるミネラルコルチコイド作用も、余分になります。これらのうちミネラルコルチコイド作用をゼロにして、免疫抑制・抗炎症作用を飛躍的に上昇させたのがデキサメタゾンなのです。残念ながら、血糖を上げる作用は免疫抑制・抗炎症作用と分離することはできません。

  また、生体内での分解・代謝を受けにくくデザインし、作用の持続性を高めてあるのが特徴です。

 

デキサメタゾン以外のステロイド剤は無効なのか?  

  公式『診療の手引き』には、デキサメタゾン以外のステロイド剤は今のところ効果不明としています。しかし、デキサメタゾンが効果を発揮したのは免疫抑制・抗炎症作用のおかげと考えられますので、他のステロイド剤も各々の用量と投与期間を適正に選ぶならば有効である可能性が高いと思います。

  ただし、注射や内服で投与したステロイドは血流に乗って全身に分布します。だから、全身の副作用を生じる恐れもあります。とはいえ、新型コロナ感染症におけるステロイド使用は短期間になりますので、慢性投与の副作用を考える必要はありません。

 

  全身副作用を考えなくてもよいという観点から言えば、吸入ステロイドに優るものはありません。肺が新型コロナ感染症の初期の主舞台であるとすれば、吸入ステロイドがベストな選択であると思います。オルベスコⓇ(シクレソニド)の治験は未だ もたついているようですが、なぜ他の吸入ステロイド剤を使おうとしないのか?私には理解できません。 

  「オルベスコが COVID-19肺炎に有効だったのは、オルベスコがウイルス増殖(複製)を抑えたからだ」という仮説は誤りである、と拙ブログで繰り返し述べてきました。その誤説のせいでオルベスコ以外の吸入ステロイドの利用に歯止めが掛かっているのではないか?と危惧しています。そのような妄説が早く一掃され、吸入ステロイド剤すべてが COVID-19治療薬として広く認められることを願って止みません。